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2018年5月15日 (火)

おせっかいの遺伝子。

おはようございます。
貞寿です。

今日は、全然講談関係ない話。

昨日、フードコートで食事をしていたら、なにやらガタ、ガタとした物音。
見ると、お隣の御年輩の女性が、缶詰を開けようとして、苦戦している模様。
しばらく、様子を見ていたのですが、なかなか開けられず難儀している姿に我慢できなくなり、
すみません、差し出がましいようですが、私があけましょうか
と、つい声をかけてしまいました。
まあ、ありがとう
と手渡された缶詰はあっという間に開いて、まあ、ちょっとした親切で、めでたしめでたし、となったわけですが。

ふと、考えると。

若いころは、知らない人から声をかけられるのも、知らない人に声をかけるのも、私は恥ずかしくて嫌いだったはずなのです。
うちの母親は、もう、誰かれ構わず気楽に話しかける性質で、そのお陰でどこへ行っても友人、知人が沢山いて、楽しく年金ライフを謳歌しているのですが、子どもの頃はそんな母親がちょっと恥ずかしかったものです。
なんで知らない人に声をかけるの?恥ずかしいよ
なんて、言っていたものです。

しかし、気が付いてみれば。
ちょっと人ごみに出れば、道を尋ねられる率が異様に高い。
はじめて行った飲食店でも、店員さんに話しかけられること、度。
駅のベンチで寝ている人がいれば、どうしても気になって、駅員に知らせに行かずにはいられず、
重い荷物を持っている高齢者がいれば、階段上まで荷物を運んでしまう有様。

ああ、これは多分、母のおせっかいの遺伝子だ。

このご時世、本当はあまり知らない人に声をかけられたり、声をかけたりしちゃいけないのかな、とも思うのです。
荷物なんて持った日には、ひったくりと勘違いされちゃうかもしれないし。
落ちている荷物を拾ってあげても、もし、中身が足りなかったら疑われちゃうかもしれない。
でも、でも、どうしても、見過ごせない。
特に、母と同じ年代の人には、すこぶる弱い。

そして、多分。
これは、おばさんになった、という証拠でもあるのでしょう。
おばさんになると、恥ずかしい、という概念が変わるような気がします。
増えていく背脂、厚くなっていく顔皮。
おせっかい、と思われたら恥ずかしい
という気持ちよりも、
ああ、見過ごせない
という気持ちが勝ってしまう。

ああ、母に似たのか、私がおばさんになったのか。

そんなことを考えながら食事を終え、席を立つと。
お嬢さん、ありがとうね
先ほどの御年輩の女性から笑顔で声をかけられました。

その、お嬢さん、の響きに気分を良くしながら、
おばさんになるのも悪くないな、などと考えたひとときでした。

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